人工血管を絹糸から作る
2012年1月29―30日随筆
信州上田之住人 太田和親
2012年1月29日午後6:30からTBS地上6チャンで「夢の扉」を見ました。大変興味深い内容だったので、皆様にレポートします。御笑覧いただければ幸いです。
東京農工大学の朝倉哲郎教授(62)が、直径6mm未満の人工血管を絹で作る話だった。
従来の人工血管は化学繊維で作っており直径6mm以上のものしかできない。直径6mm未満の細いものを化学繊維で作ると、血液が凝固して詰まってしまうため、どうしても作ることができないのだそうだ。そこで朝倉教授は、絹糸が、傷口を縫合するときの糸として使われていることに注目した。絹糸で傷口を縫うと、生体適合性が非常によく、縫っても後で抜糸しなくてよく、数ヵ月後溶けて体に吸収されてなくなってしまう。絹糸は生物由来のタンパク質からできているのでそうなるのだそうだ。また、絹糸で作った足場材で、細胞培養すると忌避反応がなく、非常によく人工的に細胞培養が可能となるそうだ。このような絹糸だが、絹糸にもいろいろあり、種類の違う蚕から取れる絹糸はそれぞれ分子構造が少しずつ違う。人工血管に適した絹糸を吐く遺伝子組み換え蚕を、筑波の蚕の研究をしている農業生物資源研究所と共同研究をして選び出したそうだ。選び出すために、朝倉教授は、膨大な数の絹糸の構造解析をJEOL400MHzのNMRを用いて行ったようだ。テレビではそのへんがさっと流したが、朝倉先生の後ろにJEOL400MHzのNMRが映っていて、その次に、絹糸の構造解析のところで、パソコン画面にNMRのチャートが見えたので、分かった。JEOL400MHzのNMRはほんの30秒くらいしか映っていなかった。でもちゃんと見えたので、JEOLには大いに宣伝になると思った。
朝倉先生は選び出した特定の絹糸を、共同研究者の山崎静雄さん(68)に再生絹糸にしてもらい人工血管に編んでもらった。まず絹糸を溶媒に溶かしそれを糸に引いて再生絹糸にする。これをリモデリングというが、こうすると丈夫で扱いやすい再生絹糸になるのだそうだ。この再生絹糸で、直径1.5mm未満の人工血管を筒状に編んで作ってもらった。この人工血管は、実際に共同研究者の東大医学部の岡本宏之教授(49)に送り、ラットに移植して評価してもらった。岡本教授は、最初絹糸なんかでやるとそのうち溶けてしまって役に立たないのではないかと思っていたそうだが、予期せぬことに、人工血管は数カ月すると溶けて行くのだがそれと並行して新しい血管組織ができそれに置き換わっていくことがわかった。つまり人工血管が、そのうち本物の血管になるという画期的な再生が確認された。このように細い直径の人工血管ではうまくいったが、では太い6mmのものでうまくいくのかを立証するように岡本先生から要求された。これがうまくいかない。太い人工血管は、血圧がかかると血管が途中で膨れてそのうち破壊してしまうことがわかった。そこで、兵庫県の加古川にある伝統的組み紐の編み技術を持つニッケグループに、組み紐の編み方で編んでもらったところ問題が解決した。また、福井県の繊維工業会が協力して、縦折りの技術を使えば太い血管から二股に細い血管を継ぎ目なく2本編みだしていくことも可能であることも紹介されていた。これはほとんど従来の繊維技術そのものだった。これらの繊維産業の技術が何と人工血管に利用できるという点で、非常に興味深い内容であった。
朝倉先生は、もともとNMRが専門のようだが、東京農工大という昔から繊維をやっている大学にいたので、絹糸に対して理解があり、繊維に対して幅広い人脈があったことが、この成功の秘密のような気がした。