雌鳥の浮気

信州上田之住人
太田 和親  
2007103日随筆

先日、テレビで放送大学を見ていたら、生物の授業で大変面白いことを言っていた。生物学の最近十年間の一番の進歩は、雌鳥の七割が浮気をすることがわかったことだというのである。一夫一婦制の一つがいの鳥の夫婦がいる。その夫婦が育てた子供の鳥の遺伝子を、沢山のつがいで広範囲に調べたところ、夫の鳥以外の遺伝子を持つものが七割もあった。永らく生物学者は一生一夫一婦制を続けている鳥の夫婦に、まさかそんなことがあるとは想像だにせず、大変な驚きであったという。何故、妻の鳥がそんなに浮気をするのか、今大変研究が盛んで、放送大学の女の先生は、今まで報告されているいくつかの説を解説されておられた。私はこのテレビを見ながら、「おかしいなあ、今まで雌鳥が浮気をするのが全く知られていなかったなんて。そんなこともう千二百年も前の日本霊異記(中巻第二話)に書かれているじゃないか。」と思った。日本霊異記の話は、確かこんな話だったと思う。

 和泉国泉郡の大領が、家の軒先に一つがいの烏(カラス)が巣を作り子育てをしているのに気付いた。そして、毎日それとなくながめていた。巣で妻の烏が子烏達を守っている、その巣に、夫の烏はけなげに餌を運び、妻の烏が食事に飛び立つ時は、代わりに自分が巣にいて子の烏達を守っていた。しかし、この妻の烏は、夫の留守中近くに若い雄の烏が来ると、盛んに浮気をしていることに、この大領は気がついた。そして暫くすると、妻の烏はとうとうその若い雄とどっかへ行っていなくなってしまった。夫の烏は、巣にとどまって子の烏達を守り、いつまでもいつまでも妻が餌を運んでくるのを待ち続けた。そしてとうとう父子ともに餓死してしまった。大領はこれを見て大変嘆き、人生の無常を感じて大領の職を捨て、出家して仏門に入ったという。

 
この日本霊異記の話、ちゃんと一夫一婦制の烏の雌が浮気をしていることを明確に書いてある。生物学者は今まで本当に誰一人としてこの話を知らなかったのかなあと思った。私たちは、狭い範囲の専門書だけを読んでいると視野が狭くなってしまうという例だろう。是非、古典の名著、日本霊異記や今昔物語は読んでおきたいものだ。




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