上田市内に残る「弘法大師」ゆかりの地

平成31(2019)410
信州上田之住人和親


上田市内の神社仏閣を回っていて上田市内にたくさんの「弘法大師」ゆかりの地があることを知りました。以下は、私が見て回って気づいたもののまとめです。

(1)独鈷山(弘法山)

昔、弘法大師が全国を行脚して、修行の場所を探していた。独鈷山は、非常に修行に良いと思われたが、谷が100に一つ足りない99であったので、ここをあきらめ、和歌山県の高野山になったという。

(2)「元木の地蔵」(無量寺)と末木の薬師(旧中野公民館横)

弘法大師が、若いころに独鈷山で、柳の大木を見つけ霊木だとして、これで仏像を彫ったという言い伝えがある。

http://db.umic.ueda.nagano.jp/data/johogura/shioda2/kaisetsu/0668049/0668049.html

(3)前山寺

弘法大師が開基したといわれている。その後無人となり荒れ果てていたが、何百年か後に、それを伝え聞いた讃岐の僧侶が復興し、今の前山寺となった。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%8D%E5%B1%B1%E5%AF%BA

(4)別所温泉内にある小さなお堂

弘法大師が、この小さなお堂に籠って1か月ほど教を唱えたという説明書きがあった。

(写真を撮ったはずだが、現在正確な場所を思い出せない。)

(5)帰り石

信州大学繊維学部(長野県上田市常田3-15-1)の正門前の小路はおよそ千二百年以上も前からある古道である。実はこの古道を古代に空海が若いころ歩いていたのを皆さんはご存じだろうか。そんなことがなぜわかるかというと、この正門前の道を少し北のほうにたどっていくと「帰り石」という地名の小字が、今のスーパー西友に出る直前にある。西友横の大きな祢津街道に出る直前の小路右側の脇に、大きな岩が2つ並んである。それは、現在はある人の家(常田3-10-3:児玉家)の庭の中にある。この家の人は、この2つの岩の横に小さな板に「帰り石」と墨書して表示してある。小さいので見落としがちなのだが、ここは大昔に空海が旅の途中に休んだところと言い伝えられている。2つの並んだ大きな岩は、一つは高くもう一つは低くてちょうど腰掛くらいの高さである。両方とも頂上が平らかになっており、黒っぽくて火山岩のようである。

(6)科野大宮の中の小さな池

この池で、弘法大師が旅の途中に手を洗ったと言い伝えられている。しかし、この12年間の道路拡張工事に伴い、この池がつぶされてなくなっている。

もっとあるかもしれませんが、私が、上田市内を歩いて見出した「弘法大師ゆかりの地」は以上の6か所です。これらの言い伝えが本当なら、このように弘法大師は、大学を出奔していた期間に、上田にも来ていたということです。まことに驚きです。

なお、関連して「和親記」の71番をご覧ください。

N山さんが疑問に思っておられる、弘法大師はなぜ若いころに、奈良の大学を途中でいなくなり、その後復学したのかという疑問に対する司馬遼太郎の意見です。私も、この「人生の迷いを解決するための悟りの旅だったようだ。」に賛成です。








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