上田市丸子地区東内「殉国英霊之碑」

信州上田之住人
太田 和親  
2006826日調査結果

上田市丸子地区東内「殉国英霊之碑」という石碑が、丸子郷土博物館のすぐ近くにある。名文なのでここに写す。

殉国英霊之碑

身を挺して国に殉ずるは憂国の士のみ之を能くす 顧みれば明治開国以来数多の憂患に罹り国運の危殆に瀕せし事屡々なりしも幸いにして克くこれを超服し和平の今日を招来せるは偏に我が憂国将士至誠奉公の致す所 国民の感激常に新なり 扨て茲に西南の役以来勇躍国難に赴きて還らざる本村出身の英霊を敬い功績を讚え碑を建てて永遠に遺徳を仰がんとす

昭和二十九年九月一日 建之  東内村

この大きな石碑の前に 東内村出身の殉国者氏名を刻した石碑が別にある。それによると、出兵戦役(殉国者数)は、西南之役(一名)、日清戦役(四名)、日露戦役(二名)、西比利亜事變(一名)、満州事變(一名)、支那事變(二名)、大東亜戦争(七十四名)となっている。
西南の役や西比利亜(シベリア)出兵にも、この信州の山深い小さな村から出ていって亡くなった人がいるのだと思い感無量であった。この場所は、この石碑の前に鳥居とか全く無いけれども、上田城址公園の中にある上田招魂社(神社)と同じ役目を果たしている。上田招魂社も西南之役以来の戦没者を祀(まつ)っている。ここは旧東内村の招魂社に当たるのであろう。今年平成十八年の八月十五日に、小泉首相が総理大臣として二十三年ぶりだったかに靖国神社を公式参拝したので、大変話題になった。靖国神社も全国の西南之役以来の戦没者を祀っている。各村にあるこのような招魂社や慰霊の場所は、地方のミニ靖国神社に当たるのであろう。この東内村の「殉国英霊之碑」の前には、数本の卒塔婆と真新しいお線香が手向けてあった。このお盆に遺族の方々がお参りしたのであろう。




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