ヒンドゥー教徒の理想の人生とは

平成31年(2019年)323
信州上田之住人和親



長谷川明著「インド神話入門」新潮社(1987)を読んでいて、大変参考になる「ヒンドゥー教徒の理想の人生」というのがありました。これを読んで、私も随分、定年後の人生について考えさせられました。皆様のご意見もぜひ伺いたいです。

 

ヒンドゥー教の重要な生活規範として、人生は4つの住期に分けられるといいます。4住期とは、次の通りです。

学習期  ブラフマチャルヤ  先生の家に住み込んで、知育の修練

家住期  グリハスタ     家に帰って結婚し、社会活動

林住期  ヴァ―ナプラスタ  家督を譲って、森に隠棲

遊行期  サンニャーサ    聖地巡礼

 

学習期は、すぐわかるように日本では学校に行き知育の訓練をする時期で、人によって違いますが大体大学卒業位までの年齢にあたると思います。

 

家住期は、親の庇護から独立し、就職結婚し子供を作って、社会活動の時期に当たります。日本では、大体定年の60から65歳辺りまでの年齢に当たるでしょう。私は去年3月に65歳の定年だったので、この家住期を終えたところということになります。

 

ここからあとが、ヒンドゥー教独特な生き方になるようですが、非常に考えさせられます。

 

林住期の「家督を譲って、森に隠棲」といううちの「家督を譲って、」というのは、「いつまでも社会の一線にいるべきではない、若い者に道を譲り給え。老害を及ぼし社会を停滞させてはならぬ。」とも聞こえます。往々にして、「若いもんにはまだ負けん。」と出しゃばり、「年寄りの冷や水」と煙たがられる人が多いという構図も見えてくるのですが、どうでしょうか。体力の衰えは、誰にもやってくるので、引き際が肝心、野球のイチローも最近とうとう引退を表明しました。家庭も会社も、スポーツ界もあらゆるところで、引退の時期はやってきますね。現在大量のベビーブーマーが定年したところですが、世間では、生涯現役を理想にしている方の、特集番組などもよく見ます。元気なうちは働いて社会に貢献するというのも、理想ですよね。この家住期から林住期への移行は多くの人にとって、自身の健康状態や立場などを勘案して、個人個人で判断しなければならないので、60歳とか65歳とか70歳とかというように一律に決められませんね。

また、「家督を譲って、森に隠棲」のうち、「森に隠棲」というのは、どういう意味でしょうか。忙しく騒々しい毎日を送っていた壮年期を過ぎれば、子育ても一段落し、落ち着いた毎日を送れるよう静かな場所(=)で晩年は暮らせという意味でしょうか。

 

さらに林住期の後の遊行期には、「聖地巡礼」をしながら死を迎えよということでしょうかね。インドでは、実際にそうしている年寄りがいるとのことです。私は昔から、定年したらいつか「四国88か所を歩いて回ろう」などと、空想していましたが、ヒンドゥー教徒はそれを実際やっているのですね。

 

同級生の皆さん、それに、先輩の皆さん、このヒンドゥー教徒の理想の人生の4住期のうち、後半の二つの時期「林住期」と「遊行期」について、どう思われますか。皆様のご意見もぜひ伺いたいです。





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