2019年インド旅行日誌
平成31年(2019年)3月9日
信州上田之住人和親
2019.2.25
Dear My Indian
Friends,
I will visit
India soon as the following schedule:
I was invited as
a speaker in the international convention on colorants, COC-19, which will be
held in Mumbai from February 28 to March 1. Therefore, I will visit at Mumbai
from 27 Feb. to March 3. After the convention, I will move to Aurangabad on
March 3 to visit Ajanta and Ellora Caves on March 4-5. I will leave from
Aurangabad to Mumbai in the early morning of March 6. In the late evening of
March 6, I will leave from Mumbai to
Tokyo(Narita), Japan.
I am very sorry
at this occasion that I will not be able to meet you, because Mumbai and
Aurangabad are too far from your city.
Best wishes
拝啓、インドの友人の皆さん
私はもうすぐ下記のような予定でインドを訪問しようとしています。
私は、ムンバイで2月28日から3月1にかけて開かれる予定の国際色材会議COC-19に、講演者として招待されました。従って、ムンバイには2月27日から3月3日まだ訪問する予定です。その会議の後、私は3月3日にオーランガバードに移動し、3月4-5日にアジャンタとエローラ石窟寺院を訪問する予定です。3月6日の早朝にオーランガバードを離れムンバイに戻ります。そして、3月6日の夕方遅く、ムンバイを出発して、日本の東京(成田)に帰る予定です。
今回残念なことに、ムンバイとオーランガバードは皆さんの住む町からあまりに遠く、皆さんにお会いできません。
敬具
2019.2.27
Now, I'm in a hotel in Narita city. Soon I will
leave for Narita(Tokyo) Airport to catch the ANA airplane on 11:05.
今、成田市内のホテルです。もうすぐ、成田空港へ出発し11:05の全日空機に乗る予定です。
今朝、成田の飛行機が混んでいて離陸の順番を待っていて出発が遅れ、そのためムンバイには1時間近く遅れで、現地時間の午後7時ごろ到着しました。それでも、ホテルの人がムンバイ飛行場を出たところで待っていてくれて、無事宿泊ホテルまで連れて行ってくれました。学会の歓迎レセプションに2時間遅れましたが、参加して、招待してくれたバーテ先生ら、インドの方々に挨拶ができました。
2019.2.28
今日は、今から朝食をとって、学会に参加します。
国際色材会議COC-19が始まりました。参加者は約200人。私は参加者の中でたった一人の日本人でした。
2019.3.1
本日、正午ごろ、私の招待講演の発表が無事終わりました。多くの人から、私の発表に非常に感銘を受けたといわれ、評判が極めて良かったです。そして、学会の終了式の時に「優秀発表賞」をもらいました。これは横40センチ縦30センチくらいの大きな額縁に入った、横皿型の金属でできたメダルで、重量が4キロくらいもある重厚なものでした。会場のムンバイクラブの庭園で、お別れのパーティーに参加したところ、多くのインド人の大学院生から、私に大変面白い話で感銘を受けたとまた言われました。
2019.3.2
今日は、予約しておいたムンバイ市内観光をしました。
午前中は10キロ沖合にあるエレファンタ島に船で1時間かかって行き、洞窟に彫られたシバ神などの摩崖仏を見学しました。
お昼からは、インドの歴史的なところを案内してくれるように要望しました。それで、ガイドの人が選んだ場所に順次案内してもらいました。インド最初の鉄道駅、ガンジーの家や、ムンバイの岡にある公園、道路わきから貧民窟の洗濯工場などを見学して5時ころホテルに帰ってきました。
私一人のために、一日中、英語のガイドと運転手の二人にずっと案内してもらいました。最後にこのガイドと別れた後から、ホテルに帰る道すがら運転手から聞いたのですが、ガイドの人は、ムンバイガイド協会の会長で、ムンバイで最高のガイドだとのことでした。大学で化学と政治学を学んだ人で、極めていろいろなことに精通していました。
例えばシバ神夫婦の石像の説明の時、この石像は夫婦でチェスをしているところを表しており、チェスはインドが発祥の地でその後ロシアに伝わり世界に広まったとのことでした。チェスの起源がインドということを、今回初めて知りました。
非常にためになる一日でした。
2019.3.3
今日は、午後ムンバイから内陸のオーランガバードに移動する日ですが、午前中に、ムンバイに住む研究者Dr. Singhと初めてホテルのロビーで会うことにしていました。10時半ごろDr. Singhがやってきました。1時間半ほどロビーで私の研究などを話し、私の論文リストと全論文をコピーしたpdfファイルの入った、USBメモリーをあげました。話が弾み、引き続き、近くのレストランで一緒に昼食を取りながら、午後1時ころまでいろいろとお話ししました。
彼は2003年までバンガロールで金属錯体液晶の研究をしていて博士号を取った人です。そのことは事前に知っていたので、ぜひ会いたいと思っていた人です。その後のことを聞きましたところ、彼は、フランスのリヨンでポスドクをした後、インドではアカデミックポジションを見つけることはできなかったので、今は、ムンバイの会社に就職して、セルロースの応用の研究をしているとのことです。話を聞くと、我が信州大学の繊維学部と非常に関連する仕事をしていました。
それで、もし、良かったら、うちの大学と貴社との連携ができたらいいねぇと話しました。現在繊維学部は海外の大学との連携を熱心に広げていますが、海外のこのような会社とも今後連携するのが非常に良いと思いました。なぜなら、セルロースは地球上で一番たくさんある資源で、最もエコであるからです。彼の会社もそのことを意識して、今後はこのような資源利用をするのが、持続可能な地球の発展に資すると考えているそうです。繊維学部の研究方向と同じだと感じました。
午後1時になったので、Dr. Singhとホテルの前で分かれ、旅行業者が配車した車に乗り、ムンバイ空港に行きました。ここで、飛行機にチェックインしようとしましたら、あなたのスーツケースは重量を6キロオーバーしているので、1キロ当たり3000ドル(ルピーでないといわれました)を払うか、6キロ減量しろといわれて、チェックインできませんでした。
確かに、21.4キロを示しており、6キロ減量して15キロにしないと、そんな大金払うのはできないので、大変残念でしたが、今回の国際会議でもらった、とても重い額縁入りの金属製の、「優秀発表賞の記念メダル」が4キロほどもあるのでこれを捨てることにしました。でもこんな大きなものを空港のゴミ箱にはいらないので、洗面所から出てきた女性の空港係員に、事情を話して、とても残念だが、大金を払うことができないので、そっと、貴女がどこかに捨ててくれないかと物陰で頼み込みました。それで、彼女は事情を了解して、捨ててくれることになりました。2人だけの話だが、責任があるのであなたのサインと電子メールアドレスを書いてほしいといわれたので、彼女の差し出したペーパータオルの上に、それらを書いて渡しました。
そのあと、できるだけ重そうなものを、機内持ち込みのバックパックに詰め込んで減量して、ようやく飛行機にチェックインできました。
7年前もインドでもらった優秀発表賞のメダルが重くて、空港で詰め替えたりして持って帰るのに難儀したのを思い出しました。今回は、詰め替えただけでは重量オーバーをクリヤできなかったので、大変残念ながら、記念メダルを捨てました。インドの学会のメダル重すぎるよ。
なんやかんやありながらも、今ようやくオーランガバードのホテルについてほっとしているところです。
2019.3.4
今日、有名な石窟寺院群のあるアジャンタ・エローラのうちエローラの方に行ってきました。
エローラの石窟は34窟あるそうですが、そのうちの第16窟と第10窟が圧巻でした。
第16窟は、一つの巨大な岩山を上から掘りぬいて約200年かかって巨大な寺院を作り、その周りの壁という壁には石造彫刻を施したものです。いわば現代の3Dプリンターみたいな発想で、この構造物を古代の人々が作ったと思うと、途方もない人類の力を実感しました。
また第10窟は、このガイドによると、アコースティックバイブレーションが有名だと言って、手をたたいて聞かせてくれました。ああ、これって日本でいう、鳴き龍のことだとわかり、私も手をたたいてみました。確かに、鳴き龍でした。「地球の歩き方」には鳴き龍の説明はなく、このガイドさんのおかげで、インドにも鳴き龍の寺院があることを初めて知りました。日本では、3ヶ所鳴き龍で有名なところがあり、その一つが、上田市武石妙見寺なので、遠いインドから上田の鳴き龍を思い出しました。
今回も英語のガイドさんは、なんと化学の出身で、会社で化学分析などをしていた方で定年後、このガイドをしているとのことでした。昨日のムンバイのガイドも化学の出身ということで、インドでは、化学者は、定年後英語の観光ガイドになるのが定番なのかと、聞いてみましたが、たまたまだったようです。私が化学者なので、なんだか不思議な縁を感じました。仲良くなって、話が弾み、帰り道の車の中から、このガイドさんは、16歳になるお孫さんの女の子に電話して、私に孫と話してくれといわれ、私はお孫さんと英語でお話ししました。お孫さんは、一番英語が好きで熱心に勉強しているとのことでした。私の方は、私はあなたのお爺さんを見習って、私も、日本で観光ガイドをしようかと思っていますと、最後に冗談を言って笑いました。
エローラはとても暑かったですが、楽しかったです。
2019.3.5
3月5日、アジャンタの石窟寺院群に行ってきました。今日も同じ、英語のガイドさんと運転手さんでしたが、今日は、サンフランシスコ在住の30代後半の香港人夫妻と一緒の車に乗り、アジャンタに行きました。アジャンタは、オーランガバードから104キロ北にあるのですが、今は道路が舗装のし直し工事の最中で、ずっと砂利道のがたがた道を走ったので、行きも帰りもそれぞれ、大変な砂ぼこりの中を3時間半も、車に揺られ通しでした。でも行った甲斐がありました。
アジャンタの石窟寺院群は、幼年山地の台地にできた深いU字型の渓谷の岩壁に掘られたものです。この雄大な地形がまずものすごく印象に残ります。そして、昨日のエローラで見たような岩壁に掘られた石像ばかりでなく、アジャンタでは彩色のフレスコ壁画が多数あり、今日はこれらの有名な彩色壁画を見ることができました。
アジャンタでは27の石窟寺院が公開されていますが、その中で第1窟の彩色壁画の蓮華手菩薩は、奈良の法隆寺の壁画のモデルになったものです。私は、これを一生のうちにぜひ見たいと思ってこのツアーに参加しました。1300年も前に、インドのこの壁画が、日本まで伝わったかと思うと大変感激しました。また、第26窟は大変大きく、中心奥にストゥーパ(卒塔婆:仏舎利を安置した仏教建築)があり、その周囲の回廊壁には、豪華な石像群がありました。なかでも大きな涅槃像は見ごたえがありました。この石窟寺院内部ではたくさんのタイ人仏教徒が床に座り、先頭の白衣の尼さんがお経をあげていて、荘厳な感じがしました。ガイドさんによるとアジャンタは最近、仏教徒のタイ人の観光客が急増しており、日本人は減っているといっていました。ここは、熱心な仏教徒のタイ人には、巡礼すべき聖地となっているようでした。
アジャンタの石窟寺院群を後にして車で帰路についたところ、30分くらい峡谷から高原の上まで走ってくると、横道にそれ、ドライバーが特別に、今回はアジャンタ石窟寺院群が一望できる高台の展望台に案内してくれました。300メートルくらい眼下にアジャンタ石窟寺院群が一望でき、雄大な風景を楽しみました。
それからがまたがたがた道を2時間半かけて、午後8時過ぎにオーランガバードに帰ってきました。素晴らしかったですが、とても疲れました。それに明日の早朝、6:50amオーランガバード発の飛行機に乗って、ムンバイに戻り、20:00ムンバイ発の飛行機に乗って日本に帰る予定なので、明日は朝早く午前4時に起きないといけないです。それで急いで夕食をホテルの前のベジタリアン料理レストランに行って済ませ、荷造りをして、12時に寝ました。
2019.3.6-7
3月6日、3つも目覚ましをかけて、朝の4時に起きました。まだ暗い午前5時15に、一昨日昨日とお世話になった同じドライバーが、ホテルに迎えに来てくれオーランガバード空港に連れて行ってくれました。なぜそんなに早く、オーランガバード空港に行かないといけなかったかというと、オーランガバードからムンバイへの飛行機はこの早朝と夕方の2便しかなく、ムンバイから私が乗るANA830便は午後8時の出発で、夕方の便だと乗り継ぎに間に合わない可能性があるからでした。そのため、こんな早朝便になったのですが、朝の8時ちょっと前に着いたので、ムンバイ空港では実に12時間も待ち時間があり、大変でした。機内でもらったサンドイッチを空港のベンチで食べたら、眠くて仕方なくそのベンチでお昼まで寝ました。お昼ごろようやく眠気がなくなったので、日本から持ってきた単行本を夕方までに2冊読みました。お弁当用にホテルで作ってもらったサンドイッチは夕食用に午後5時ころに食べました。インドルピーをすでにすべて日本円に換えていたので、これらのサンドイッチは、お金を使わなくて済み大変重宝しました。実は、インドルピーは日本まで持って帰っても、日本ではルピーはどこも両替してくれないのです。前回インドではチェックインしてしまって出国手続きを済ませて中に入ってしまいました。いくら両替所を探してもなく、聞くと一度中に入ってしまうと両替はできないといわれました。皆さんも、インドでは、忘れずに、飛行機にチェックインしてしまうまでに、両替しておいてください。今回はその轍を踏まずに、早々に両替しました。そのため、12時間も待ち時間に、おなかがすいたらどうしようと思ったのですが、機内でもらったサンドイッチとオーランガバードのホテルで作ってもらったサンドイッチで、大変助かりました。
無事成田に着いたのは、日本時間3月7日午前7:25でした。信州上田の自宅には正午前につきました。いやあ、今回のインド旅行、仕事の研究発表もそのあとのエローラアジャンタの私的な旅行も、充実していましたが、大変、疲れました。今日はゆっくり休みます。
心配していたおなかの調子は、インドの香辛料のきいた料理はできるだけ食べないように注意していたので、最後まで何とか乗り切れました。日本人のほとんどがインドに行くとおなかを壊しますが、私は何とか壊さずに無事帰ってこられました。めでたしめでたしという感じです。