アーウーの大平さんとフランス語の発音

2018年628日7月8日 随筆
信州上田之住人 太田和親

今、31年ぶりに、フランス語をもう一度習っている。フランス語で難しいのは、発音と、動詞の活用だといわれている。そこで、発音であるが、日本語には母音が、あいうえお、の5つしかないが、フランス語には母音が12個もある。さらに鼻母音4つを足すと16個もある。この母音の発音が、一筋縄ではいかない。

その12個のフランス語の母音を、国際音標文字(International Phonetic Alphabet = IPA)で、口の開きと舌の位置に違いから書くと、次のとおりである。 

1 フランス語母音_国際音標文字

同じ段では、左に行くほど舌の位置は前方になり、右に行くほど舌の位置が後方になる。下段になるほど、口の開きは広くなり、上段になるほど口の開きは狭くなる。この説明で、すぐ発音できればよいが、日本人にはまったく無理なので、Mauger Blueという教科書を見ると、口の開きは「閉じたエ」([e]: fermé)、「開いたエ」([ɛ]: ouvrert)などとなっている。フランス語の先生の説明では「狭いエ」、「広いエ」という説明である。これらの説明を参考にして、何度も12個のフランス語の母音の練習する。その練習中に、日本人が発音しやすい方法を、私なりに少しずつ見出した。皆さんの、ご参考になれば嬉しい。

(1)[e][ɛ]の区別

[e] 口を閉じたエ  → 狭いエ(フランス語の先生の説明)été, café

[ɛ] 口を開いたエ  → 広いエ(フランス語の先生の説明)mère, fête

日本人には最初どちらもエと聞こえるが、フランス語にはちゃんと区別される音なので、しっかり発音できるようにしなけばならないという。27年前、私の研究室にポスドクとしてアルジェリア人のズリハ・ベラビ(Zoulikha Belarbi)さんがいたが、この人がフランスのリヨン第一大学の博士課程を卒業してすぐに、近くのサンティエティエンヌ大学で非常勤講師をしていた。そのとき、フランス人の学生から、先生のエは、estのエ[ɛ]etのエ[e]か、どちらのエかわからないといわれたといっていたのを思い出す。だから日本人の私たちも、両方とも日本語のエと発音しないように、フランス語の[ɛ]を発音するときは、とくにしっかり口を開いてエというように癖をつけなければならない。これは、練習を重ねると何とかできる。

[e]はほとんど日本語のエと同じなのでそれほど気にする必要はない。しかし、[ɛ] は口をもっと大きく開けてエ―という。Mèreの発音をネット<http:// http://www.france-jp.net/01cours/04-2hatsuon/index.html>で聞くと、羊が「メェー」と啼いているのにそっくりである。だから、メェー、メェー羊のエ―と覚えるとよい。

(2)[o][ɔ]の区別

[o] 口を閉じたオ  → 狭いオ(フランス語の先生の説明)zéro, au

[ɔ] 口を開いたオ  → 広いオ(フランス語の先生の説明)or

 日本語ではどちらもオと聞こえるが、[ɛ][e]と同様に、口の開き方を区別して発音するように練習する。[o]は口が狭いオ、[ɔ]は口が広いオ、である。

 ここで、国際音標文字の[o][ɔ]を見てどちらが開いたオなのか、どうやって覚えるとよいか考えた。[ɛ][ɔ]も記号が一ヶ所切れていて広く開いている。一方、[e][o]も丸く閉じた形をしている。だから、[ɛ][ɔ]は広いエとオであり、[e][o]が狭いエとオである。これで、すぐに間違わずに覚えられた。皆さんどうやって覚えているのか分からないが、私はこの方法が覚えやすかった。

(3)[a][ɑ]の区別

[a]  舌の位置が前方のア 

→日本語の普通のアに近いがもっと大きく口を開けて発音するとこのアになる。

[ɑ] 舌の位置が後方のア

→口を大きく開けて奥の方でアという。端的に言えば、あくびのときのアーである。

 ここでも、国際音標文字の[a][ɑ]のどちらが前の方のアかどうやって覚えるか考えた。[a]には前垂れがついているので、こちらが前の方で発音するアである。一方[ɑ]は、[e][o]と同じく閉じた丸い形をしている。口の形は丸く奥の方で発音する。このように国際音標文字の視覚的特徴から覚えると覚えやすい。

(4)[i][y]の区別

 [i]は日本語のイと大差ないが、日本語より口を横に思いっきり引っ張ってイーと発音する。

 一方、[y]の発音やYの読み方は注意を要する。Yは、ワイではなく、フランス語のアルファベットではイグレックと読む。なぜなら、ギリシャのフランス語は、Grèce(グレース)、その形容詞はgrèc(グレック)である。フランス語の形容詞は名詞の後におくのが普通なので、イグレックは「ギリシャ語のイー」という意味になる。このことに、最近私は初めて気がついたと、今習っているフランス語講座で言ったら、フランス人留学生のアシスタントのAlineさんが、読み方の由来をフランス語のネットで調べてくれた。それによると、このYは、フランス語にはもともとなかったラテン語系の発音のイ―を表すためにギリシャ文字から借用したのが始まりだという。なるほど、イグレックに納得である。

このY、国際発音記号で使われた時には[ y ]と書かれて、[ i ]とは違う発音であると教えられる。[ y ]はウの口をしておいてイと発音する。[ i ]は日本語よりも口を横に引っ張ってイーと発音すると教えられる。まあ、[ i ]は日本語のイと大差ないように聞こえるのが、この[y]は標準語では聞いたことがない。

しかし、私は、広島県人がこの発音をしていることに気がついた。広島県人は、「あの看板、見にきぃーんじゃ。(あの看板、見にくいんです。)」と言ったりするとき、口を細めて口をとがらせイと言っている。広島県人の友達に、「みにのイと、きぃーじゃのイは違うね」と言うと、何度か発音してみて、本当だねと言っていた。だから、私は、Yはイグレック「ギリシャ語のイー」ではなくて、i-hiroshimain(イイロシマン)「広島弁のイー」と、ひそかに名付けてほくそ笑んでいる。さらに最近、広島弁だけじゃなくて、私の出身地の香川県の方言、讃岐弁にも、そう言えば、このイーという発音があることに気がついた。讃岐弁では、蚊に刺されたときに腕の赤いボッチを掻きながら「かいー、かいー」(痒い、痒い)と思わず言う。このときのイーは、口を丸くとがらせて発音し、正に[ y ]の発音である。高知県出身のタレント、間寛平さんもギャグで「かいー、かいー」といっているが、あのイ―の発音である。広島、香川、高知と、どうも中四国には、一般に人々は意識はしてないが、この[ y ]の発音は、もともとあるようだ。中四国の人は、「うごく(動く)」というのを「いごく」というが、この「い」の発音も[ y ]に近いと思う。

でも、日本語では、この広島弁などのイー[y]も、標準語のイ―[i]も、どちらも一つの音価1)「イ」としかとらえていない。フランス語では、別の別の音価ととらえられている。そこで、これら[i][y]の発音、区別して発音できるようにしないといけない。間寛平さんのギャクをまねれば、この[y]の発音すぐ出来るようになる。

(5)最も難しい[œ][ø]の発音。

フランス語の難しい母音[œ][ø]の発音、今までどうしてもできなかったが、できるようになった。

5-1[œ][a]の違い

[œ]の発音は、教科書Mauger Blueによると、開いたオ [ɔ]の口で、開いたエ[ɛ]を言うというが、毎回そんなことを気にしていたらすぐには発音できず、一度言えても、次は全く再現できなかった。困ってしまったが、次のようにやれば、毎回すぐに再現できることを見出した。

[œ]の発音と[a]の発音は、日本人にはどちらもアーと聞こえる。そこで、ネットの発音<http:// http://www.france-jp.net/01cours/04-2hatsuon/index.html>をじっくり聞いていると、確かに違いがある。[a]の発音は、大きな口を開けてはっきりとアーという。すると、ネットの発音と同じだった。まあ、[a]日本語のアーとほとんど同じなので、それほど気にする必要はない。ところが、[œ]の発音も、日本人には最初アーと聞こえるが、これは、表現は変だが「アホみたいな顔をしてアー」というと、全く同じ発音になる。たとえて言えば、要介護度5の年老いた父親は、ほとんどしゃべれず反応があまりないが、家族が「お父さん、今日は病院に行きますよ。」と言って車いすの父親に話しかけると、父親は、力なくなんとか「アー」と言った。このときの「アー」である。

5-2[ø][u]の違い

[ø]の発音は、教科書Mauger Blueによると、閉じたオ [o]の口で、閉じたエ[e]を言うというが、下の説明の方がわかりやすい。

[u][ø]の違いから覚えた方がやりやすい。最初、日本人にはどちらもウーと聞こえるが、ネットのフランス語の発音<http:// http://www.france-jp.net/01cours/04-2hatsuon/index.html>じっくり聞いていると、確かに違いがある。

[u]の発音は、口をとがらせて鋭く言うウーである。[ø]「アホみたいな顔をしてウー」というと、全く同じ発音になる。このウーも、やはり、要介護度5の年老いた父親に登場してもらう。この父親は、ほとんどしゃべれず反応があまりないが、家族が「お父さん、今日は病院に行きますよ。」と言って車いすの父親に話しかけると、父親は、力なくなんとか「アー」とか「ウー」とか言った。このときの「ウー」である。

フランス語の難しい母音[œ][ø]の発音、今までどうしてもできなかったが、上のように、どちらもアホな顔をして「アー」「ウー」と発音すると、一発で出来るようになった。ネットで何度も確かめたが、同じ発音である。皆さんの、ご参考になれば幸いである。

(6)日本語の母音とフランス語の母音の対応について

もう一度、一番上の方に書いた12個のフランス語母音の国際音標文字を見ながら、日本語の母音とフランス語の母音の対応について考えてみる。

2 フランス語母音_国際音標文字_日本語母音との対応

6-1)日本語の「ア」に対応するフランス語の母音

上述のように、日本語ではアーと聞こえている発音の音価1)はずいぶん広く、[a] [ɑ][œ]も、日本人には最初みんなアーと聞こえる。私は、最初、日本語の「あ」は、国際音標記号の[a], [ɑ], [œ]などのどれか一つで表わされる発音だと無意識に考えていたが、実はそうではない。とにかく、日本語の「あ」の音価が広いのだ。たとえて言うと、昔の日本や、現代のアフリカのどこかの国では青と緑の色の区別はなく、すべて青というのと同じである。青と緑の区別のある国の人にとっては、別の色に見えるが、区別のない国の人には同じ色の青なのである。この国の青の色価の範囲は非常に広いのだ。だから、フランス人にとっては、ちゃんと区別のある発音[a], [ɑ], [œ]は、日本人にとってはすべて「あ」なのだ。日本語の発音に区別のないア―を3つ正確に発音できないと、全くフランス語の発音[a], [ɑ], [œ]は聞き取れない。発音できて初めて聞こえるようになるのだ。

だから、私は、最初全部アーと聞こえる3つのア―[a], [ɑ], [œ]を次のようにして区別することにした。

[a]は、口を大きく開けて普通にアー

[ɑ]は、「あくびのアー

[œ]は、「アホのアー」、professeur [prɔfɛsœ꞉r]のサーはアホのアーである

このように区別して発音を覚えると忘れない。

6-2)日本語の「イ」に対応するフランス語の母音

[i],  [y]とも日本語のイ―と聞こえるが、[y]は広島弁、讃岐弁、土佐弁のイ―である。ユーに近い。間寛平さんの「かいー、かいー」をまねるとよい。

6-3)日本語の「ウ」に対応するフランス語の母音

[u], [ø], [ə]は、最初すべて日本語のウーと聞こえる。

[u]は、口を丸くとがらせて鋭くいうウー

[ø]は、「アホのウー

[ə]は、[ø]とほとんど同じ

このように区別して発音を覚えると忘れない。

6-4)日本語の「エ」に対応するフランス語の母音

[e], [ɛ]は、最初すべて日本語のエ―と聞こえる。

[e] 口を閉じたエ  → 狭いエété, cafééのついたもの)

[ɛ] 口を開いたエ  → 広いエmère, fête(その他のeのもの)

これらのエ―は口の大きさが違うのを注意する。上に述べたように、[e] は日本語のエと同じ、[ɛ]はメェー、メェー羊のエ―と覚える。これは練習するとすぐ出来るようになる。

6-5)日本語の「オ」に対応するフランス語の母音

[o] 口を閉じたオ  → 狭いオzéro, au

[ɔ] 口を開いたオ  → 広いオor

これらのオ―は口の大きさが違うのを注意して、覚える。これは練習するとすぐ出来るようになる。

 以上のように、日本語の母音とフランス語の母音の対応を考えてみると、日本人にとって最も難しい発音は、母音[œ][ø]である。これらは「アホの顔をしてアー・ウーと発音する」とよいと上で詳しく説明した。

 この「アーウー」で思い出した。私は、香川県立観音寺第一高校の出身であるが、この高校の大先輩に、首相になった大平正芳さんがいる。大平首相は、在任当時「アーウーの大平さん」といわれた。現在、テレビで解説名人の池上彰さんが、戦後最も尊敬できる首相といっておられるので、ご存知の方も多いと思う。この大平さん目が細くて開いているのかどうかわからない。言葉の途中でアーウーというので、鈍重な人のように新聞で言われていたが、実は、大変な切れ者で、田中角栄さんと日中国交回復をしたときの立役者である。大平さんが喋ることを、アー・ウーを除いて全部書き起こせば、完璧な文章になっており、このような言説に長けた人は、かつていないと、池上さんに絶賛されている。

 日本人がフランス語の発音を学習していて、最大の難関は、母音[œ][ø]の発音と子音[r]の発音であると思う。このうち母音の[œ][ø]は、この大平さんの「アーウー」をまねてもらえばいいと思う。

1.言語学における音価は、書き表される文字がどのような音声を表しているかを示す語である。たとえば「室町時代の「え」の音価は [je] であった」のように言う。

出典:https://ja.wikipedia.org/wiki/音価

 



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