環境問題とイヨマンテ

信州上田之住人
太田 和親  
随筆:2003820-21

 近年、環境問題に対して、非常に多くの人が関心を持っている。私は、現代の日本と世界の環境問題を考えるうえで、アイヌの熊送り(イヨマンテ)等の儀式が、大きなヒントとなると、考えている。
 そこで、先ず、永く狩猟採集で食糧を確保して生きてきた、北方民族の自然観・宗教観について考える。身近では縄文人につながるアイヌ人である。その周辺ではアジア大陸北東端のチュコト半島を中心にいるチュクチ人、アリューシャン列島にいるアリュート人、アラスカにいるイヌイット(エスキモー)、その南にいるカナダインディアン、これらの北方民族に共通する宗教観に根差す儀式がある。これが、イヨマンテである。イヨマンテは、熊や、鮭やなどの生き物をとりこれを殺して食糧とする際の考え方から生れてきている。残酷ではあるが、人類が生きていくためには生き物を殺して食べることが必要である。もしこれらの動物や魚がいなくなってしまったら、人々は死んでしまう。従って、自分達が食べる以上に沢山獲ってしまっては次から飢えが襲ってくることになる。必要以上には獲らない、雌や子供は殺さないなどの、知恵がタブーという形で出来上る。こういうタブーや考えを守れば、来年も熊や鮭が村にやって来てくれる。大きくなった熊を、自分達が食べる頭数だけしか獲らない。殺した熊は、丁重に儀式を行いあの世に送って、来年はきっと別の熊になって蘇るようにと祈る。ここに、熊送りの祭りの意味がある。カナダインディアンの御祖母さんが、昔と違って娘夫婦と都市に住んでいても、魚の骨などをごみ箱には捨てずに、残しておき丁重に儀式をしない間は絶対に捨てたりしないので、娘がごみが片付かなくて困ると言っていたという記事を読んだことがある。またチュクチの御祖母さんは必ずトナカイの骨を、野原で焼いて煙が天国に登るのを見届けないと気が済まないというのをNHKの特集で見たことがある。これは北極圏にかつて広範囲に存在した宗教観に根差すものである。自分達は自然の一部であり、自然と調和して生きていく存在である。他の動物や植物も一緒に生きていかねばならない。彼等が滅亡するときは人間も滅亡するときである。この自然観や宗教観を、現代人は忘れてしまっているのだ。
 現在環境問題という名で呼ばれている問題は、何万年も人類が持っていた自然観や宗教観を、取り戻すことにより、多くは解決すると私は考える。
 では、現代人が大昔と同じ生産手段の狩猟採集だけで、現在の世界の人口である60億人もの人が生きていけるか考えてみる。そんな事は出来無いことは明らかである。人類は、狩猟採集の生活手段から、農業革命や産業(工業)革命により、安定的に食糧を生産し、食品を加工、保存する手段を開発してきたために、飢餓や多くの病気を克服してきたのである。しかし、現在自然の回復力以上に農地や資源開発をしたため、取り尽くした後は人類の滅亡が待っていることに、最近ようやく気がついてきたのである。私は、現代社会の農業や工業にも、イヨマンテの思想が必要であると考えている。農業も地力が自然に回復する肥料を使う、工業も自然に分解して環境に負荷を掛けないなどの製品を目指すことが、イヨマンテの思想と合致する。何万年もの北方民族の知恵にもう一度学ぶべきである。




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